指揮者柳澤寿男

「戦場に音楽の架け橋を」を見た。民族対立の激しいコソボで反対派に襲われる危険をかえりみず、対立する民族をメンバーに含める室内楽団を組織し、演奏会を行った指揮者だ。なぜそこまでやるのか。現地での指揮者の報酬は月3万円。日本に残す家族には何も送れない。みかえりは何もない。それだけの努力や苦労をして、リスクを犯して得られるものはセルビア人地区とアルバニア人地区での1回ずつの演奏会。それも反対派を恐れ、開催告知は2日前。満席には程遠い。しかし確かに楽団員には音楽のかけ橋ができたようだ。その行為は世界から反響を呼び国連などさまざまなところに呼ばれ演奏することにもなった。前に指揮者は音楽のこと以外に市長らとの折衝だとか政治的なことにもかかわらなければならず大変だなと書いた。しかし考えて見れば指揮者の楽器は人間である。指揮者は人間を動かす職業だ。そういう意味では指揮者も政治家と結構近いところにいるのかもしれない。作曲家がオーケストレーションの可能性を追求するように、演奏家が楽器のパフォーマンスを追及するように、指揮者は人間の可能性を追求する。違った民族がオケに入り音楽をかけ橋にして交流することができれば、これらの民族の可能性を大きく開くと感じたのだろう。逆に言えばこの人は指揮者や音楽家の可能性を拡大したとも言える。同様なことはやろうと思えば世界中のさまざまなところで行うことができる。指揮者や音楽家は実はすばらしい職業なのだ、そういっているかのようだ。それにしても実際にコソボでそれを実行したのは世界でこの人だけだ。すごいことである。