危険評価


巨大技術の話題がこのところ多かった。まずはスペースシャトル事故。大気圏突入はアポロのころから危険だといわれていた部分だ。アメリカでは大気圏突入の事故は初めてである。そのことのほうがすごいことだと思う。スペースシャトルの機体はすでに製作後20年。自動車なら20年使う人はほとんどいない古い機体である。しかも大気圏突入などの過酷な使用に耐えてきたわけだからよくもってるもんだなーと思ってしまう。もうひとつはもんじゅ判決。はじめて裁判所が高速増殖炉もんじゅの危険性をみとめたものだ。確定ではないが高速増殖炉の危険性を裁判所が認めた意義は大きい。なぜならこれまで反対運動があっても実質的な議論はかみあっていなかったから裁判所が論理的に危険性を認めた判決は議論をかみ合わせるきっかけになると思うからだ。高速増殖炉の技術をみてみると明らかに危険な部分がたくさんある。これほど危険なものを扱うにはどうも緊張感とか対応策とかが不十分なように見える。自前のエネルギーを確保するという目的も理解できる。だから高速増殖炉開発にもかならずしも反対はしないがしかしやるからには責任をもってやってもらいたいものだ。それにしても危険の評価は難しい。原子力発電所が事故ったら10万人が死亡するとすれば原子力発電所は危険であるには違いないのだが交通事故で10万人が死亡するには10年程度しかかからない。それと同程度の危険性まで許容してよいのであれば原発は10年に1回は大事故を起こしてもよいことになる。シャトルの事故はかわいそうだが100回で2回の失敗は2%である。シャトルができてからの20年で交通事故の死亡者は20万人、それが原因で死亡した人も含めれば40万人はいるだろう。実質ドライバー総数が4000万人とすれば確率1%でありシャトルとそうはかわらないのである。やはり一般人が気をつけるべきは交通事故である。 (2003.2.22)