原発のリスク

スリーマイルやチェルノブイリが起こっても日本の原発は優秀だから事故は起きないと説明されていたが、ふたを開けてみれば過酷事故確率は500炉年に1回、50年動かせば10基に1基が事故を起こすというのが実績だ。リスクは他にもいろいろあるが、飛行機などは使用しないことでリスク回避できるし、タバコについては嫌煙権の活動でリスク回避の環境が整備された。薬の副作用はインフォームドコンセントにより専門家でない患者側が使用可否を選択できるようになった。原発はこれまでリスクは隠蔽されリスクを前提にした合意形成がなされていないし、稼動されてしまえばリスク回避の手段がない。他分野でリスク回避の権利が認められてきた流れからすれば、原発にもリスク回避の権利を認めていく方向になることは十分考えられる。となればそれは差し止め請求を認めるという形になる。裁判所が独裁ではないかという話があるが三権分立とはそういうことをいう。それを回避したいのであれば個人レベルで原発事故のリスク回避の手段を整備する必要があるだろう。具体的には事故時の保険の整備や無利子貸付の権利保障、移住保障、除染保障、医療保障等になるだろうか。電力会社が言うように世界一の規制委基準をパスし、事故が起こらないならこれらは実際にはやらなくて済むのだから恐れることはない。整備をするだけでよいのだ。なぜしないのだろうか。

誰がリスクを引き受けるのかを明確にすべきだろう。建築物のリスクは使用者が引き受ける。タバコのリスクは喫煙者が引き受ける。旅客機のリスクは乗客が引き受ける。その安全性に疑問があってリスクが引き受けられない人は建築物を使わない、タバコを吸わない、旅客機に乗らないことでリスク回避できる。原発事故のリスクは誰が引き受け、回避手段はなんだろうか。安全性に疑問があればリスクを回避するのは当然だ。原発の問題はリスク引受け、リスク回避を個人で選択できないことにある。なので原発稼働の合意のためにはリスク回避したい人が説得の対象となる。リスクを低減したというならその根拠を明示すべきだが、関電はそれが足りないと言われているのだ。

自動車が社会に受け入れられているのだから原発だって受け入れられる可能性はある。だから自動車のリスク処理を参考にすればいいのだ。事故を起こした場合、民事、行政、刑事責任が発生し、民事においては自賠責保険が義務付けられているほか、損害保険を各自の事情において選べる。どのような損害でどのような補償が受けられるかも基準化されている。原発も事故を起こした場合の各責任(特に今明らかでない刑事責任・行政処分)を明確にし、原発事故保険を整備し、事故がおきたときにどのような補償が受けられるか各自が選択しておけるようにすればよい。除染を徹底的にやる保険、遠くに逃げられる保険等、各自の要望に応えることができれば原発も受容されるのではないか。

タバコの問題は原発問題と似ている。例えば100人が働く部屋があって60人が喫煙者だったらその部屋を多数決で喫煙室にしていいかという問題だ。タバコはもともとリスクがあるが喫煙者はリスクより便益があると判断して吸っているが、非喫煙者はリスクしかない。タバコの場合には部屋を分けることでリスクしかない人のリスクを減らすことに成功してきた。原発も福島など典型的だがその原発の電気を使っていない人にはリスクしかない。しかし原発の場合は分煙できない。だから原発問題は難しい。そしてリスクとは人によって違う。原発関連で稼いでいる人、長年の土地改良で農業をやっている人、工場に転勤になって働いている人では地域が放射能汚染されたリスクの大きさはぜんぜん違う。また、放射能の恐れ方も高齢者と赤ん坊を持つ人では全然違う。リスクは個別なのだ。だから原発問題を解決しようと思ったら個別のリスク対応ができるようにしないといけない。すべてのリスクを均一に下げようと思えば停止しかない。